黒柳徹子を愛してやまない異能の放送作家、寺坂直毅が4週に渡ってお届けする「徹子の部屋ランキング」、最終回となる今回は「再放送熱望!号泣必至の感動の回」です。

 いつも笑顔の絶えない印象がある徹子さんですが、時に『徹子の部屋』は感動の嵐に包まれることがあります。ゲストの目からは涙、徹子さんも涙、そして視聴者も涙……。

 今回はそんな号泣必至の放送を、寺坂さんが目をうるうるさせながら振り返っていきます。では、ハンカチ片手にどうぞ……。


寺坂直毅●放送作家。デパート、紅白歌合戦、黒柳徹子、エレベーターを語らせたら右に出る者はいない。夢は「徹子の部屋に出演すること」。

■ランキングはこちらから!

第1位 麻丘めぐみさんの回:山岡久乃さんを偲んで
 アイドル出身で、若い頃は「自分にはアドバイスしてくれる師匠がいない」という悩みがあった麻丘めぐみさん。そんな時に出演していたドラマが「夢千代日記」。

 麻丘さんは、あのアッコさんをも叱りつけたという女優の山岡久乃さんからことあるごとに説教され、怖かったけど「この人が師匠だ」と思うようになったそう。

 怒られるばかりでなく、ときには「あなたがいつか、こういう事がわかる日がくるからね」と励まされたといいます。その後もいろんなアドバイス受けたり、名古屋での舞台は「ホテル暮らしは辛いだろうから」とマンションを貸してくれたりもしたとか。

 それからはあまり会う事はなく、死に際も、弱いところは見せまいと一切連絡がなく、久しぶりに再会したのはなんとお葬式……。

 その死後、ある番組で山岡さんの事を語ったところ、山岡さんの友人から「今でも山岡のことを大事に思ってくれてうれしい」という手紙を受取り、麻丘さんはいたく感激。それ以降、トーク番組などで「山岡さんのような素晴らしい女優がいたことを語ることが、きっと供養になると思って話している」といいます。

 そして、2007年2月15日(徹子の部屋の放送日)は、山岡さんの命日。麻丘さんを迎えた徹子さんは、突然こう言いました。

「私が着ている着物、実は山岡さんが着ていたものなんです。ご家族に戴いたの。あなたが、そんな風に山岡さんの事を大事に思っていらっしゃると聞いたので……私は、山岡さんのようには強く生きられないけど、あなたと今日一緒にいて、私がこの着物を着ていたら、山岡さんが喜ぶだろうなぁ……と思って」。

 この徹子さんのサプライズに、麻丘さんは泣きながら、「うれしい…なんか山岡さんにお会いしてるみたい……」。

 まるで映画のワンシーンのような徹子の部屋です。人に対する本当の優しさを、徹子さんは教えてくれた気がします。


第2位 見城美枝子さんの回:自分の生き方を見つめ直して
 見城美枝子さんは、徹子さんの本を読んで人生観が変わったといいます。その本とは、今は廃版となった「チャックより愛をこめて」。

 それによると、徹子さんは、人気絶頂で多忙な毎日を送っていた昭和40年代、掃除のおばさん役でNHK朝ドラに出演。そのままの格好でトイレへ行ったところ、本物の掃除のおばさんと勘違いされてショックを受け、その瞬間「あぁ……女優としてこのままではいけない」と思い立ち、本場の演劇を学ぶため単身ニューヨークへ。そこで自分の人生を見つめ直す日々を送ったそうです。

 見城さんはその話に感銘を受け、ふと「自分はなぜ生きているのだろう?」と思ったときに徹子さんの生き様を思い起こし、「一から生きよう」と決意を新たにしたとか。その気持ちを徹子さんへ素直に語りかけていた見城さんの姿勢が感動ものでした。


第3位 緒方拳さんの回:気丈に振る舞っていた母の心の奥底
 緒方拳さんが子供の時にお兄さんを亡くしたお話。お葬式でも、お母さんは一切涙を見せず、「なんて気丈な母なのだろうと思った」と語る緒方さん。

 しかしその後、お母さんと電車に乗っている時、目の前に座っていた青年を見てお母さんは「あっ、お兄ちゃんがいる、お兄ちゃんじゃない?」と号泣したのだという。

 もちろんそれはお兄さんではなく、顔が似ていただけの赤の他人。その時、緒方さんは、母親の息子を失った悲しみ、寂しさを初めて知り、涙したそうです。緒方さんの話を聞く徹子さんも号泣していました……。


第4位 佐藤弘道さんの回:あの笑顔の裏には……
 佐藤弘道さんの回でのお話。『おかあさんといっしょ』の体操のお兄さんのオーディションに受かり、さぁ、NHKへ行くぞ!というハレの日に……最愛のお父さんが亡くなった。あまりにも辛い、初収録となった。でも、だからこそ、その後どんな苦労も乗り越えることができたーー。

「12年間やってきて、一番辛かったことは?」という徹子さんの質問に、佐藤さんはこう答えました。弘道お兄さんのいつもの笑顔の裏には、このような真実があったのです。


第5位 吉永みち子さんの回で:元夫に対する複雑な愛の末に
 吉永みち子さんが20年以上寄り添った男性と離婚した話。離婚の理由は、「亭主らしくいてほしい」という希望を叶えてくれなくなって、一緒にいるだけでイライラしてしまったから。

 離婚を申し出ると、「離婚したら、昔みたいに一緒に酒が飲めるのかな?」と言われたとのこと。この言葉を吉永さんから聞いた徹子さんは、早くも号泣。

 話は続きます。吉永さんと元夫はそのまま東京駅の地下街の居酒屋で酒を飲み、離婚届けのハンコを押し、結婚前の恋人のように語らいあったといいます。

 そして居酒屋で別れてから、「一人で家に帰れたのかなぁ?」と、元夫の家に何度も電話。だが全然電話に出ず、心配で仕方がない吉永さん。

 数時間後、電話口に出た元夫の声を聞いて、「よく帰れたね!ホッとした」と吉永さんは言ったといいます。その感じが、20年前の恋人同士だった頃を思い出したんだとか。

 そして、2006年、64歳で元夫は死去。複雑な関係ではあったけれど、元夫は病室で、元妻がワイドショーに出ている様子を微笑んで見ながら息を引き取ったらしいです。

 以上、徹子さんを前にしてのお話。なんともいえない夫婦の愛、徹子さんだから引き出せるトークです。


明日のランキースは、“大人力”の石原壮一郎が”昭和力”を提案!「心に残そう! 昭和の東京」です。お楽しみに!

トラックバックURL